psychoのバラバラ読書日記

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どうやって、本を見つけるか?

 最近、育児と介護で読書できていないです。

 でも、さすがに生きていることを書きたくて、こうして書いています。

 読書する本は、どうやってみつけるか?これが、けっこうポイントかなと思ってしまったので、今回はこれを書きます。

 といっても、特に何もしていないんです。

 仕事して、子供と暮らして、義母と生活して、オットと生活のやりとりをして、というものです。

 そうしていると、絶対に「どうしたらいいのかわからない」という事態にぶつかります。そのときに必ず、それをどうしたらいいかということを、示唆してくれるような本が私の前に現れてくるのです。

 今回は、大嶋栄子+上岡陽江著「その後の不自由」でした。

 今週の木曜日の外来でした。長年受診してくれている人が、依存症になっていて、私がこわくなってしまい、いきなり薬を全部止めたので(そうしないと、もしかしたら大量服薬しちゃうかもと思って、死んじゃったらどうしようと思ったので)、禁断症状が出てきてしまい、私はなじられてがっかりして、どう対応していいのかわからないと思って、ここ2日間ずっと悩んでいたのでした。

 そんな私が、今日本屋によってみつけたのが、「その後の不自由」。

 ああ、私のことだよ。そして、あの人の事だよ。

 そんなふうに思いながら、いまこの本を読んでいます。

 読書、そしてどうやって今読むべき本を見つけるか。

 もしかしたら、「どうしたらいいかわからない」というようなくらいまで、考えこむことがあると、読むべき本が向こうからやってきてくれるのかなと思っています。
















書評「齋藤孝のざっくり!美術史  5つの基準で選んだ世界の巨匠50人」 齋藤孝著


齋藤孝のざっくり!美術史齋藤孝のざっくり!美術史
(2009/10/27)
齋藤 孝

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書評「齋藤孝のざっくり!美術史  5つの基準で選んだ世界の巨匠50人」 齋藤孝著 祥伝社  1500円(税別)

齋藤孝さんの「勉強力」を読んで、遅まきながら興味がわいた。それで、この本を次に読み始めた、という実に単純至極な理由だ。

なんで美術史か?美術って、なんだろうとよくわからないからだ。わからないので避けている。でも、もう避けるのもつまらないし、なによりも息子が大きくなったときに多少なりとも親としていいかっこして「ルノワールはねえ」などと、偉そうにコメントしてみたい。

というわけで、美術史。読んでみて、齋藤孝さんの視点に驚いてしまう。

まず、序章が秀逸。齋藤孝さんの本の特徴かもしれないが、冒頭のこの章でいいたいこを、伝えたいことを「ざっくり」と書いている。

「必ずしも知識がなくてもスタイルは把握できるということを意味しています。」
この一分を読んで、「スタイル」とはどういう定義のものなのか、「スタイル」を知ることでどのようなことがわかって今までの自分の味方と違った「美術」というものの鑑賞ができるのかと、この本への興味がわくように構成されている。

そこがこの序章の秀逸なところだ。そして、しつこくはない。

読み進めていくうちに、スタイルとは何かが書かれているところへぶち当たる。p38「画家のスタイルというのはなにかというと、数学で言う関数、つまり変換の法則性だといえるのです」。

裸婦をルノワールにいれると、ご存知のあの絵になり、静物をセザンヌにいれると、ご存知のあの絵になる。これが変換の法則性だ。

そしてその後の章で、変換の法則性を5つの柱に分類している。

美術鑑賞(というのもおはずかしいが)をする際にいつも思うのだが、いったいどこをどんな風に見ればいいのか、と悩んでしまう。自分自身がどこを好きか、ということを話すことはできるが、一体全体この画家がどのような点を私たちに見て欲しいと求めているのか、殆ど分かっていないと思う。それでいいのか、という悩みがある。

悩み、と大げさにいっていいかわからないが、これがあるために、美術鑑賞から遠ざかってしまう。おっくうになるのだ。私の場合、画家の意図が汲み取れないのはストレスなのだ。

この本を読んでスタイルを知ることで、美術鑑賞の面白さが分かってくるように思えた。

そして、私がこの本を読んで思ったのは、美術館に行く前にその美術館に収蔵されている作品について調べないと面白くない、という点だ。予習しないと、画家の意図がみえない。それでもいいのかもしれないけれども、単純に「綺麗な絵だなあ」でいいのかもしれないけれども、やはり、画家がどんなことを考えて目の前の絵を書いたのかは知りたい。

それを知りたいから、美術館に行くんじゃないか?と自分にツッコミを入れた。

美術館に行く前の予習本としても、この本は最適だ。1章以降、齋藤孝さんというフィルターを通してみた、そして、どんな点が秀逸か、もっというとどんな点を齋藤孝さんは好きかという点から、画家をその作品を通して解析している。

美術館に行く前にすることがたくさんある。

そう、デートの時に美術館に行くのであれば、予習は必須だろう。息子にそう教え込まなくては。

書評「我が名はネロ」 安彦良和著


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(2003/07)
安彦 良和

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我が名はネロ (2) (中公文庫―コミック版)我が名はネロ (2) (中公文庫―コミック版)
(2003/08)
安彦 良和

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書評「我が名はネロ」 安彦良和著 中公文庫  552円(税別)

ネロ、といえばキリスト教を迫害した血も涙もない暴君というイメージがある。それほどローマ史に詳しくなくても、著名な人物であることは知られていると思う。

この本は以前に読んだ本山勝寛さんの中で推薦されていた漫画だったので手にとって読んでみたが、考えさせられる内容だった。

人間は生まれてくる意味などないと私は思っている。生まれてきた意味はあとから探したり、自分で意味を付随すればいい。しかし、ネロにはこのようなことはできなかったのだ。彼には生まれてきた意味があった。

カエサルの一族による政権を維持させるために彼は生まれてきたのだ。彼はそのように人生を意味付けされ、彼の人生の全てはそれに捧げられるために教育を受け、日々の暮らしもそのためにあった。

彼はそれで幸せだったのだろうか?少なくとも私にはそうは思えない。この本を読んでそうは思えなかった。

世界を支配する力を持ちながら、自分を御することはできなかった。その世界に対する懐疑心でいっぱいになりながら、自分の身近な人達が暗殺されていき、自分にもそのような危機が迫っているに違いないと妄想めいた思いさえ抱いてしまい、それでも自分の生まれてきた意味に対して、固執するより他に生きる道を見いだせず、「なにもの」にもなれなかった人物ーそれがネロだと思う。

自分の生まれてきた意味を消化することができなかったネロの苦しさをこの本ははっきりと描き出している。

ひるがえって、現代の私たちはどうだろうか?ネロのような強大な権力を持ちあわせてはいないが、自分の生きる意味を見出そうとすることが「生きる目的」になってしまっていないだろうか?「生きる意味がない」と口走って、行動することを放棄してしまっているかもしれないのではなかろうか?

ネロと逆方向の人生の流れであっても幸せとは言えないかもしれない。

蛇足だが、ローマ史から私たちを遠ざけているのは、名前の長さではなかろうか。別にネロに罪はないが、ネロも生後実父の姓から継父の姓に変わる際にネロとなったが、それ以前は別の名前だった。この部分を克服しないとなかなかローマ史には馴染めないと私は実感した。

書評「家事名人の生活整理術」 阿部絢子著 講談社+α文庫  686円(税別)


家事名人の生活整理術 (講談社プラスアルファ文庫)家事名人の生活整理術 (講談社プラスアルファ文庫)
(2006/01/24)
阿部 絢子塚本 知子

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書評「家事名人の生活整理術」 阿部絢子著 講談社+α文庫  686円(税別)


著者のことは以前にも書いたように、NHKの育児番組で数年前から知っていた。さわやかに子供のもの(汚れが落ちにくい!)の洗濯術を語る著者の姿が、引っかかっていたのだった。

その後、しばらく著者のことを忘れていたわけではなかったのだが、オンライン書店のオススメ本で再会した。

それがこの本だ。

まえがきがこの本の全てを物語っていると思う。なんと20歳代後半から家事短縮のための旅を続けていたと書かれていた。

これが「旅」と書かれている。そうかもしれない。何かを極めようと思って行動を起こしていくといつしか「旅」になる。

紆余曲折があったのだろうが、まえがきなので詳細は語られていない。ただ、家事短縮のための様々な道具、物品を購入していった果てに著者が気がついたのが「シンプルに生きる」ということだったということだ。

この本は、自分の体験を本にして、誰かのこのような試行錯誤の短縮化に役立って欲しいという願いが具現したものだ。

私にとって役に立ったのは、意外にも第4章の食事の点だ。献立を一週間分考えておくという方法。これが面白い。新しい料理を作れるようになったとき、どこにいれようかな、など。

家事のプロも発見がある、いい本だなと実感した。

書評「気にするな」 弘兼憲史著


気にするな (新潮新書)気にするな (新潮新書)
(2010/06)
弘兼 憲史

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書評「気にするな」 弘兼憲史著 新潮新書  680円(税別)

言わずと知れた「課長 島耕作」の著者。漫画家として、世の中を見たときにどのような観点から観ているのかというエッセイだ。

この本は、オンライン書店ビーケーワンのおすすめメールで知って、著者を見ただけで速攻で注文した。なぜなら、著者の「課長 島耕作」も「人間交差点」も私が精神科医になりたての頃、悩みに悩んでいた頃だが、その頃に読んで「人間ってこういうものなのだろうか」と考えて、それが私の精神科医としての人間観の一部を構成しているからだ。

ある意味、精神科医の私を作ってくれた人でもあるので、読みたかった。

さて、読んでみてタイトル通り、目前の仕事に全力であたった結果、今の状況を得られているということだった。要するに、あまり考えない、ということなのだが、それがまた面白く映る。

3点よかった。

①p74;締切りは厳守する。
 これはすごいことだと思う。どんなことであっても締切りを守ることはかなり大変だと思う。約束を絶対に果たすということの凄さ、重要性をいったいなぜ著者は知ったのだろうか、と思う。もしかしたらこれも考えないで、それこそ「気にしない」で直感でわかったことなのかもしれないが。

②p132;人生の経験も同じではないでしょうか。考え方ひとつで、どんな経験でも使える。捨てるところはないのです。
 頭で分かっていても、なかなかそうは切り替えられない。これを切り替えられたから、逆にいうと、「気にしない」でそのように感じられたから、「課長 島耕作」も「人間交差点」も人間観、人生観が包容力があるというか、捨てるところがないところに良さを見いだせる、という視点が生きているのではないかと思えてしまう。

③p183;目先のことに集中する。
 これは、作家中谷彰宏さんも同じことを言っていたので印象的だったために、目についた。つまりこの後の段落で「現行に終了予定時間を書き入れる」とあるのだった。これは自分も実行しようと思い、あげてみた。

タイトルからは、繊細さとは逆の行動様式を持っているように感じるかもしれないが、そんなことは全然なかった。むしろ、自分の中で勝手に延々と悩むのではなくて、人間関係を構築してその中で生きていくことの重要性を書いている、つまり、対人関係には繊細でありつつも、自分の悩みを歯牙にかけない、それほどの重要なことを自分は、自分なんかは悩めないから、という、いい意味での開き直りがあって、そこが全体に染み渡っていた一冊だった。